『中二病でも恋がしたい!』を見て、ある記憶の引き出しが開いた話

ここしばらくは、色ばかり塗っています。
食べて、作業をして、お風呂に入って寝るの繰り返しで、日常にイベントが起こりません。
ここを更新したいと思ってはみても、特に書く事が無い状況でしたスイマセン。
この流れは、育成系のゲームで、淡々と日付を進めて行く感覚に似ています。
そんな訳で、現在の娯楽はskypeで誰かと話すか、食事中に録画してある番組を見るかということになっております。

『中二病でも恋がしたい!』を見ています

初見でまず思ったのが、「これは『中二病』ではなくて、カテゴリーとしては『邪気眼』になるのでは?」という事でした。
少し考えをまとめた今では、このアニメでの「中二病」の定義は、「原義の中二病」「邪気眼」「童貞気質」……等を引っ括めた、「広義の中二病」といった感じなのかなと解釈しています。
そんな訳で、ここしばらく色を塗りながら頭の中では中二病の事を考えていました。

考えている中で、伊集院光氏がラジオ番組中で中二病を定義していた際に、症例の一つとして挙げていた、「何も理解していないのに、唐突に『やっぱりアメリカのやりかたは汚いよね』などと言い出す」という言葉を思い出しました。
そんな、「悪の存在を慧眼で喝破し、正義の陣営に所属している自分を『発見』する」行為は、中二病によくある症例だと思います。

そこで、私の記憶のある引き出しが開きました。

「UTAN」という雑誌がありました

大昔、「UTAN」という、科学雑誌としてスタートをしたものの、明後日方向に発展、廃刊となった雑誌がありました。
最初は、他誌に例えると「Newton」の様な、科学トピックを平易に紹介する雑誌だったのですが、徐々に、青森にあるキリストのお墓(そういや今朝、NHKの朝の番組でナニャドヤラが出ていましたね)やら、日本のピラミッドやら、キルリアン写真といったオカルト記事や、食品添加物の危険性やら地球環境を守ろうといった記事を載せる方向に舵を切り始め、雑誌が無くなる頃には、すっかりエコ系オカルト雑誌となっていました。

同じ学研には、天下の大雑誌「月刊ムー」がある訳ですが、ムーの方は分かり易くプロレスなのに対して、生々しいアジテーションの入った、ウェットなスタンスのUTANには、子供ながらに、危ないだろうこれは、と、どん引きしておりました。
記憶を手繰り思い返すと、良いことをしてるとアピールするエコ系のオカルトやお涙頂戴のTVショーが大変苦手になったのは、UTANにどん引きしたところがスタートかもしれません。
この記憶が確かならば、私の人格形成に多大な影響を与えた雑誌ということになりますね。

地球を抱きしめる女性の絵

当時、その雑誌には、10代の読者の手による、多くの投書やイラストハガキが掲載されていました。イラストハガキでよく見かけるものに、宇宙空間に浮かぶ地球を抱きしめている長髪の女性(たまに羽が生えている。もしくは何か泣いている)の絵がありました。
「意識の高い私は目覚めているのに、どうしてみんなは地球のSOSに気が付かないの!」といった主旨の、危機感溢れる上から目線の投書が目白押しな読者投稿欄は、自分を高い位置に置いて「悪者」を糾弾する正義のカラオケ大会の場となっていました。

今回、あれも中二病の1ジャンルなのではなかったかと、ふと思い出した訳です。
他者の愚鈍を哀れみ、「地球のSOSに気付いた私」を高い位置に置くという構図は、「オレ以外みな愚民」という中二病の王道を行くストロングスタイルだと思うのです。

そんな訳で、あの「地球を悲しそうな女性が抱いている絵」にも、中二病のカテゴリー名が欲しいなあと思う訳です。
リリシズムを前面に押し出したあのジャンルは、アッパーで動的な邪気眼と対になる、ダウナーで静的なカテゴリーだと思います。

ここから更に一歩踏み出す場合、よりダウナーな「前世探し」や、通常変化の「イルカとお話し」の世界に進んで行くのかもしれませんが、それはまた別のお話。

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